プロジェクト通信
豊島「食」プロジェクト2か月が経ちました
事務局スタッフの高山です。
7月1日より棚田の再生をはじめて2か月が経ちました。
この間、範囲として1町の開墾を行いました。
暑い夏を怪我・事故もなく、なんとか乗り越え、気候も涼しくなり、豊島の田んぼも色づき、触れるもの見るものも変わってきました。豊島は秋をむかえています。
さて、先日9月8日ですが、8月に刈り取った草や雑木を燃やす作業を行いました。範囲はおよそ1町。それを1日がかりで焼却処分します。
前回8月にも豊島唐櫃地区の棚田保存会の方と一緒に行い、今回も棚田保存会から5人の方が来られ、安全のために消防団の方にも参加いただきました。またちょうどこの期間に早稲田大学 大学院政治学研究科ジャーナリズムコースの学生の方々がインターンシップとして来ており、中国の留学生を含む6人の学生も作業に参加し15名程で作業を行いました。



最近は雨が全く降らなく、乾燥した気候が続いていましたので、焼却作業がいつのまにか山火事になったらどうしようと心配ではありましたが、いざ作業が始まってみると、棚田保存会の方々を中心に、火を上手にコントロールすることができました。前回は雨がふっているなかの焼却だったのでわからなかったのですが、火をコントロールするという技をおしえていただき、勉強になりました。
まず一度焼けた場所は燃えないことから、火の勢いが増す前に、山際や道路際など、火が燃え移る危険な個所は先に燃やしておくのです。先に燃やしておけば、どれだけ田んぼのなかで強い火がおきても、一度やけた場所はもえないことから、田んぼの中に火がとどまります。火もこれ以上燃える場所がなくなれば火は下火になっていくのです。また水をうまく使うことも必要です。島なのでそこまで大量に水はありませんが、田んぼに流れる水を活用し、ここから先は燃えてほしくないとう箇所をみつけ、噴霧器などを使って、うまく水をまきます。そうすると、どんなに草があっても、火はそれ以上先には進むことができません。また燃えすぎた箇所にも水をまくのは有効で、火の勢いがコントロールされます。
火をコントロールしている様は、まるで獰猛なドラゴンを飼いならすような美しさがその作業にはありました。豊島で代々続くこの地域特有の技なのでしょうか、水があまりない、棚田である、面積が広大である、などその地域特有の条件のなか感動的な技術を垣間見ることができました。


野焼きは昔から農作業に必要な作業ということは知っていましたが、最近では基本的に禁止になっています。農家の方なども申請がないと出来い状態だそうです。申請には様々な厳しい条件があり大変です。しかし、休耕地を開拓する場合どのように鬱蒼と茂った木々を処分すればよいのでしょうか?
法律と現実の間の矛盾を感じざるを得ません。


もうひとつ残念なのは、火をこういうようにコントロールする技が消えてなくなってしまうことです。少なくとも棚田保存会の方は知っていますが、われわれのような都会で生まれ育ったものは、火は恐怖の対象のようなものです。しかし火を有効に使うことで、こんなにも効率よく作業ができ、かつ虫や病原体を燃やし殺菌でき、また木々などが灰となり田んぼの養分にもなるのです。
人が火を有効に活用する、人が自然を有効に活用する、これまでの暮らしでは必要のなかった経験ですが、この先の将来、限りある資源のなかで生きていく我々に必要な経験や技ではないでしょうか?少なくともこのプロジェクトでは、そういうおじいさんやおばあさんなどがもっていて、われわれ若者がもっていない経験や技や知恵を、よく見て体験し、頭と体に吸収し、伝え、継承していこうと思っています。

中国や東京から来た早稲田大学のインターンシップ生の方々は「大変だけどやりがいがある」や「豊島の自然は美しく、食べ物もおいしい」と一同に感想を言っていたことから、中国の方にも、都会の方にも、学生にも、この食プロジェクト、また豊島が、受け入れられると確信がわき我々スタッフにとってはげみともなりました。

棚田保存会や、早稲田の学生、そして財団スタッフの自己紹介や、棚田の活動について話をしたりの交流の様子

地元の方からスイカをいただきました。早稲田の学生からは「東京のスイカより美味しい」と評判でした。

